ザンギとは?唐揚げとの違いは「タレ」にあり。元祖と進化系、2つの歴史で完全解説

「ザンギと唐揚げ、結局同じでしょ?」
「北海道の方言で、唐揚げのことをザンギって呼ぶだけでしょ?」

正直に申し上げます。私も北海道に移住したばかりの頃は、佐藤さんと同じようにそう思っていました。居酒屋で出てくるザンギを食べても、美味しいけれど「これ、普通の唐揚げと何が違うの?」と首をかしげていたのです。

しかし、結論から言えば「違いはあります」。ただし、その違いを理解するためには、時代によって定義が変わってきたという歴史を知る必要があります。

この記事では、多くの人が抱える「違いがわからない」というモヤモヤを解消するために、釧路発祥の「元祖・後付けソース派」と、全道に広まった「進化系・濃い下味派」という2つの系譜を紐解きます。この2つの顔を知れば、あなたが食べるその唐揚げがなぜ「ザンギ」と呼ばれるのか、論理的に納得できるはずです。


[著者情報]

この記事を書いた人:なかじ グルメライター 

北海道全域の食文化、特に「B級グルメ」の歴史と変遷を追い続けて10年。地元情報誌での連載や、北海道フードマイスターとしての活動を通じて、生産者や老舗店への取材を重ねる。「私も昔は同じ疑問を持っていました」という共感から入り、膨大な取材経験に基づいた「事実」を整理して提示するスタイルに定評がある。

なぜ「ザンギ=唐揚げ」という誤解が生まれたのか?

北海道の居酒屋で「唐揚げください」と注文すると、店員さんに「はい、ザンギですね」と笑顔で訂正される。これは北海道旅行者や転勤者が必ず通る道です。しかし、いざ出てきた熱々の揚げ物を食べてみても、多くの人はこう思います。「……うん、美味しい唐揚げだね」と。

佐藤さんが「違いなんてないのでは?」と疑念を抱くのも無理はありません。実際、現代の北海道の家庭や居酒屋で提供されるザンギの多くは、見た目も味も一般的な鶏の唐揚げと非常に似通っています。

なぜ、このような状況が生まれたのでしょうか? それは、ザンギという料理が全道に広まる過程で、その定義が少しずつ変化し、一般的な唐揚げのスタイルに近づいていったからです。

多くのメディアやネット記事では「北海道では唐揚げをザンギと呼ぶ(方言説)」や「味が濃いのがザンギ」といった断片的な情報が飛び交っています。しかし、それだけでは「じゃあ、どのくらい味が濃ければザンギなの?」という疑問は解消されません。このモヤモヤを晴らすには、時計の針を少し戻して、ザンギが生まれた瞬間の姿を見る必要があります。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: 「食べてみて違いがわからなかった」というあなたの感覚は、決して間違っていません。

なぜなら、現代のザンギは進化の過程で唐揚げとほぼ同化している部分が多いからです。まずは「自分の舌がおかしいわけではない」と自信を持ってください。その上で、これから解説する「元祖」の姿を知ると、全ての謎が解けます。

【歴史の真実】ザンギには「2つの顔」がある

ザンギの正体を掴むためには、「元祖」と「進化系」という2つの異なるスタイルが存在することを理解するのが近道です。ここを混同してしまうことが、多くの議論が噛み合わない最大の原因です。

1. 釧路発祥の「元祖・後付けソース派」

ザンギの発祥は、1960年(昭和35年)頃、北海道釧路市の焼き鳥店「鳥松(とりまつ)」だと言われています。

当時、鳥松が提供し始めたザンギは、現在の私たちがイメージするものとは少し異なっていました。鳥松のザンギは、安価なブロイラーを骨付きのままぶつ切りにして揚げ、ウスターソースベースの特製ダレをつけて食べるスタイルだったのです。

つまり、元祖ザンギにおける「タレ」とは、下味のことではなく、揚げた後につけるソースのことでした。この時点では、一般的な唐揚げとは明確に異なる料理だったのです。

2. 全道に広まった「進化系・濃い下味派」

しかし、この鳥松のスタイルが家庭や他の地域に広まる過程で、大きな変化が起きます。家庭で毎回ソースを用意するのは手間がかかりますし、お弁当に入れる際もソースが漏れると不便です。

そこで、「最初から肉にタレを漬け込んでしまえば、ソースをつける手間が省けるし、冷めても美味しい」という合理的な発想が生まれました。こうして、元祖の特徴であった「後付けタレ」の要素が、「醤油・生姜・ニンニクを効かせた濃い下味」へと吸収・変化していったのです。

これが、現在私たちがよく目にする「進化系ザンギ」の正体です。

このように、鳥松(元祖)のスタイルが全道に広まる過程で変化した結果、見た目は唐揚げと同じでも、そのルーツには「タレ」への強いこだわりがある。これがザンギの正体なのです。

決定的な違いは「味の濃さ」と「タレ」の存在

歴史的背景を踏まえた上で、現代における「ザンギ」と「唐揚げ」の境界線をはっきりさせましょう。

農林水産省の「うちの郷土料理」データベースや、国際ザンギ協会の定義に基づくと、現代のザンギをザンギたらしめているアイデンティティは「味の濃さ」にあります。

一般的な鶏の唐揚と比べ味付けが濃いのが特徴。揚げる前に鶏肉を醤油ベースの甘辛いタレに漬けこんでつくられる。

出典: うちの郷土料理:ザンギ – 農林水産省

現代において、ザンギと唐揚げは包含・重複する部分が多い料理ですが、あえて違いを定義するなら以下のようになります。

現代における「ザンギ」と「一般的な唐揚げ」の違い

比較項目 ザンギ(進化系) 一般的な唐揚げ
最大の特徴 濃い下味(タレへのこだわり) 鶏肉の旨味を生かす
主な調味料 醤油、酒に加え、ニンニク・生姜を多用 醤油、酒、塩、コショウなど
卵を使うことが多く、厚めで味が染みている 片栗粉や小麦粉のみで、薄付きが多い
味の方向性 ご飯のおかず、お酒のつまみに特化したパンチのある味 軽食やお弁当など、幅広いシーン向けの味
タレの扱い 下味として強力に効かせる、または「ザンタレ」のように後がけする 基本的に下味のみ、またはレモンや塩を添える

つまり、「濃い下味」または「後付けタレ(ソース)」という「味のレイヤー構造」こそが、ザンギのアイデンティティなのです。

もし佐藤さんが飲み会で「これ唐揚げじゃない?」と聞かれたら、こう答えてみてください。
「普通の唐揚げよりも、ニンニクや生姜の『タレ』をガツンと効かせているのがザンギなんだよ。元々はソースを後付けしていた名残なんだって」と。これなら、誰もが納得するはずです。

名前だけじゃない!家庭でできる「本場のザンギ」再現ポイント

「理屈はわかったけれど、家で作る時はどうすればいいの?」
「市販の唐揚げ粉を使ったら、それはザンギとは呼べないの?」

そんな疑問を持つ方も多いでしょう。結論から言えば、市販の唐揚げ粉を使っても、工夫次第で立派なザンギになります。 重要なのは、先ほど解説した「濃い下味」を再現することです。

ご家庭で「なんちゃって」ではない、本場のザンギを作るためのポイントを3つ伝授します。

  1. 「追いニンニク・追い生姜」を恐れない
    市販の粉や通常のレシピの分量に対して、ニンニクと生姜を倍量入れてください。「ちょっと入れすぎかな?」と思うくらいが、北海道らしいパンチのある味になります。
  2. 衣に「卵」をプラスする
    粉をまぶす前に、溶き卵を肉に揉み込むか、衣の液に卵を混ぜてください。これにより衣が厚くなり、肉の旨味と濃いタレの味を逃さず閉じ込めることができます。冷めてもしっとり美味しい、ザンギ特有の食感が生まれます。
  3. 隠し味に「ごま油」か「砂糖」
    醤油ベースのタレに、少量のごま油や砂糖を加える家庭も多いです。これにより、コクと深みが増し、ご飯が止まらない「おかず力」がアップします。

✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス

【結論】: ザンギ作りで最も重要なのは、肉をタレに漬け込む時間です。最低でも30分、できれば一晩寝かせてください。

なぜなら、ザンギの真髄は「肉の中まで味が染みていること」にあるからです。表面だけでなく、噛んだ瞬間に肉汁と共に溢れ出るタレの風味こそが、唐揚げとの決定的な違いを生み出します。

よくある質問(FAQ)

最後に、ザンギについてよく聞かれるマニアックな疑問にお答えします。

Q. タコやイカも「ザンギ」と呼ぶのはなぜですか?

A. 「ザンギ」という言葉が、食材ではなく調理法を指す言葉に進化したからです。
元々は鶏肉料理から始まりましたが、北海道では「食材に下味をつけて粉をまぶして揚げたもの」を総称してザンギと呼ぶようになりました。そのため、「タコザンギ」「イカザンギ」、さらには「鮭ザンギ」なども存在します。これは、関西で「天ぷら」がさつま揚げを指すことがあるのと似た、言葉の広がりですね。

Q. 「ザンタレ」って何ですか?

A. 揚げたザンギに、さらに甘酢ダレなどをかけた料理です。
これも釧路が発祥と言われています。「味が濃いのがザンギ」と言いつつ、さらにタレをかけるなんて!と驚かれるかもしれませんが、これは「元祖・後付けソース派」への回帰とも言えるスタイルです。タレ文化が根付いている北海道ならではの進化系ですね。

Q. 名前の由来は本当に中国語なんですか?

A. はい、中国語の「炸鶏(ザーギー)」説が有力です。
くしろザンギ推進協議会などの資料によると、中国語で鶏の唐揚げを意味する「炸鶏(ザーギー)」に、運がつくように「ウン(ン)」を入れて「ザンギ」と名付けたという説が定説となっています。

まとめ:今夜は「ザンギ」で乾杯しよう

ここまでの話を整理しましょう。

  • ザンギには2つの顔がある: 釧路発祥の「元祖(ソース後付け)」と、全道に広まった「進化系(濃い下味)」。
  • 唐揚げとの違い: 現代では境界線が曖昧だが、「ニンニク・生姜を効かせた濃い味付け」「タレへのこだわり」がザンギの証。
  • 楽しみ方: 難しく考えすぎず、そのパンチのある味を楽しむこと。

「ザンギとは何か?」という問いに対する答えは、単なる辞書的な定義ではありません。それは、厳しい寒さの北海道で、温かく濃い味付けの料理を囲んで団欒したいという人々の願いが生んだ、食文化の進化の物語そのものです。

佐藤さんも、次に居酒屋でザンギを食べる時、あるいはスーパーでザンギを見かけた時は、ぜひこの歴史を思い出してみてください。「これは味が濃いから、進化系ザンギだな」と心の中で呟くだけで、その味わいはきっと深くなるはずです。

さあ、今夜はニンニクをガツンと効かせたザンギで、乾杯しましょう!


[参考文献リスト]

タイトルとURLをコピーしました